Main | 放送日のお知らせ »

February 27, 2006

なぜかドキュメンタリーの季節

テレビのドキュメンタリー、特に民放が作るドキュメンタリーは
各コンクールの出品締め切りが近づくこの季節が放送ラッシュの
時期です。心に残る番組に一つでも多く触れたいですね。

|

Main | 放送日のお知らせ »

Comments

7月4日 第一審の判決日です。
この裁判には控訴はありません。

罪状は、光市母子殺害事件で荒唐無稽な理論を
展開し、被告元少年を弁護したことで世間を騒がせ、
被害者を冒涜しただけでなく、被害者遺族の感情を
殊更に害した罪。

被告は事件被疑者を弁護する21名の弁護士
原告は世論
弁護側にはドキュメンタリー番組「光と影」

裁判官は3人

Posted by: 岩井彰彦 | July 03, 2008 at 12:07 AM

九州ローカルで放送された「絵かきの優ちゃん」を観た。

このタイトルだけで、ははぁんと勘付く人は相当の
ドキュメンタリー好きだと思う。

ディレクターは元RKBのエクゼクティブP・木村栄文氏。

早世した娘「優」さんを再び描いた作品。”再び”というのは
かつて「あいラブ優ちゃん」として木村氏は精神遅滞の愛娘に
カメラを向け、ドキュメンタリーを作っているからだ。身内を
ドキュメンタリーの素材として世間に晒した事を含め、当時は
随分と話題になったと聞く。(1976年放送)

氏は11年前にパーキンソン病を患った。その頃から、再び
優ちゃんを描きたいと思っていたらしい。病魔と闘いながらの
取材風景は、ETVでも紹介されているので割愛するが、なぜ
木村氏がもう一度優ちゃんを描きたかったのか、分かったような
気がする。

興味のある人はご覧アレ。

Posted by: 岩井彰彦 | October 23, 2006 at 05:56 PM

6月3日(土)放送 NHK制作
「もういちどつくりたい・テレビドキュメンタリスト
木村栄文の世界」を視た

「アイラブ・優ちゃん」の愛娘・優さんを亡したのと前後して
パーキンソン病を発病し、闘病を続けながら番組つくりを
続けていると聞いていた木村氏の近況を描いた番組。

NHKが取上げる数少ない民放番組制作者のうちのひとり。

つい最近、フジテレビでドキュメンタリーを手がけている
Yプロデューサーに番組つくりについて話を聞く機会を
得たが、そのY氏とは対極にあるようなのが木村氏。そんな
印象。番組中に登場するドキュメンタリーディレクター・森 達也
氏が言う「自分をとことん押し殺して番組を作るディレクター」が
Y氏のことであり、対して森氏がドキュメンタリストとしてある意
味目指しているのが木村氏なのだと解釈できる。ただ、森氏の
目指しているドキュメンタリストは、木村氏とは程遠い、捻じ曲が
った姿となっているが…。

障害者である娘にレンズを向けた「あいラブ優ちゃん」は当時、
身内の不幸を晒し者にし、それをネタにドキュメンタリーとするのは
いかがなものか、と評価が分かれた聞く。

そして今、木村氏は病と闘いながら「あいラブ優ちゃん 完結編」を
作ろうとしている。そのテーマで再度番組を作ることがいいか、
どうかはもはや関係ない。木村氏曰く「ドキュメンタリーとは、自分の
思いを描く創作である」と言っているように、私的な思いを描くこと
自体なんら躊躇するようなことではないのだ。そこに描かれた私的な
思いが形を変え、番組を見た人の心にズシリとメッセージを残せたら
それが番組として成功だといえるのだろう。

生の木村氏を見たことは1、2回あったと思う。私の中では久しく
伝説的存在であり続けていた。だから、番組に闘病中のシーンが出て
くることが想像できたが、その姿を見てしまうと、私の中の「木村観」
がどう変わってしまうか少々不安でもあった。

しかしドキュメンタリーを作りたいという木村氏の執念を見て、
伝説になるべくしてなる人というのを見た気がする。木村氏のドキュ
メンタリー制作における方法論はともかくとして、その鬼気迫る
執念に脱帽である。

Posted by: 岩井彰彦 | June 05, 2006 at 11:20 AM

5月30日(火)放送 中京テレビ制作
「島っ子7人の旅立ち 絆」を見た。

ほんと、この島は坂道ばかり。
神島に残る伝説、「鯛の島伝説」の
取材のため、この島にしばらく取材で
入ったことがある。神島と言えば小説
「潮騒」。島に残る戦時中の観的哨も
100メートル程の山の上。毎日の宿も
坂道の途中、タクシーなんかないから
全て歩かなければならない。

番組に出てくる神島中学は、島の港とは
山を挟んで反対側にある。島の西側を
めぐる道路以外には、山の頂上経由の
道しか学校へ行く道はない。

中学から高校、そして大学進学・就職へと
それぞれが思い悩みながら大人になって
行く月日を爽やかに描いている。自分たちの
進む道をしっかりと見据えている姿は、漫然と
生きている都会の子には見られない、キリリ
とした風格さえ感じてしまう。

つい最近になって、これまでの島内発電が
終わり、鳥羽からの送電に切り替わるほど
まだまだ不自由な島の生活。

島の自然、日常、親たちの生活、子育て、
彼らの「絆」の根底に流れるものをもっと描いて
欲しかった。ここで言う「絆」は決して単なる
友情を指しているのではないはず。お互いが
生きていくための理解であり、想いであり、
そして信頼である。

こういう番組を見て、いつも期待すること。
島の生活のどこかに、その「絆」へのヒントが
あり、私たちが簡単に捨て去ってしまったものを
もう一度グサリと気付かせてくれることへの
期待…。

この7人。もう少し見つめていたい。

Posted by: 岩井彰彦 | June 01, 2006 at 12:13 PM

5月28日(日)放送 CBC制作
「赤い土~偽りのリサイクル~」を見た

ありゃま、どうしたCBC!やっちまったなぁ。
白テープをかけちゃうなんて前代未聞。
はじめて見たぜ。
いくらFプロデューサーでも、これを演出とは
言わないだろ。タイトルもないんじゃね。

Posted by: 岩井彰彦 | May 29, 2006 at 03:23 AM

3: Mr.Ruby

放送前だから今のうちに言いたいこと言っちゃう。

去年の「ゆりかごの隣で@CBC」がそうだった。
抜群のステージなのにそこで踊る踊り子がダメって
言うか、振り付け師がダサいっていうか、善商の
「黒い部分」にばかり囚われすぎて、一番大事な
「住んでいる人」を忘れちゃっていた。

撮った、撮れた!って喜んでいるだけのNBNよりも
期待が大きかった分、残念だった。
--------------------------------------------------
んで「赤い土」は

---ご覧頂くと、腹が立つ「仕組み」がイッペンに判ります。
---『赤い土』は、とっても「ハンター・チック」な番組です。
                 @イッポウのブログ

らしい。期待してもいいのだろうか。
--------------------------------------------------
1967年、石原産業や中電、三菱油化らを被告とした「四日市
公害訴訟」が起こり、1972年住民の全面勝訴で幕を閉じる。
その訴訟のさなか1969年、石原産業は硫酸水の垂れ流しを
続け、それを目の当たりにした四日市市海上保安部・警備
救難課長・田尻宗昭が告発する・・・。

そもそも何故四日市なのか?大阪本社の石原産業は四日市
にしか工場を持っていない。つまり本社工場だ。
石原が潰れたら困る、との声が地元にはあるらしい。癒着。

かつての四日市・吉田市長が名古屋港との競争で四日市に
石原を誘致した。根は深い。

とまあ、一昔前の社会派ドキュメンタリーなら涎が出そうな
構図。

眠くなるような番組だけはやめて欲しい、折角ガンバッテ
起きているのだから・・・。

Posted by: 岩井彰彦 | May 28, 2006 at 11:30 PM

5月27日放送 中京テレビ
「ロケットを運ぶ男たち」を見た。

既報の再放送版。今はなき番組「プロジェクトX」の
様な縁の下の力持ち風テイストが個人的には好き。

不器用な男が妻を連れてロケット打ち上げを見に
いくプチ旅行シーンは、どこにでもありそうで意外と
新鮮な、ほほえましいシーン。これで救われた。

長大物の運搬を多カメラで科学した点○。思いのほか
「へぇ~」があり、普段なら邪魔っけに思われがちな
大型トラックだが、それぞれが背負っておる人生が
垣間見えた瞬間、それがどこかへ吹き飛んでしまう
という、典型的な心地よい番組。

Posted by: 岩井彰彦 | May 28, 2006 at 02:23 PM

5月27日放送 中京テレビ
「消える産声」を見た。

尾鷲市の産科医危機が表に出た時、報道に対して
「しっかりと取材してみたら?」と提案してみたが、
「そうだね~」と素通りされてしまったことを思い出す。

里帰り出産が出来ない「ふるさと」なんて、それがどんなに
妊婦にとって不安か、男には実感として判らないんだろう
な・・・寂しい会社です、うちは。

厚生労働省(?)の早口で、神経質そうな課長補佐を見て
いると、問題意識の欠落というか、温度差というか、現場の
切実な声は全く届いていないんだなぁ、と寒くなる認識。
そのわりには元気そうなこの役人の顔色・・・困ったものだ。

出口の見えない番組だけど納得。

Posted by: 岩井彰彦 | May 28, 2006 at 01:30 PM

5月27日放送 中京テレビ
「裁きの重み」を見た。

元死刑囚・斉藤幸雄さんの描写が
番組を引き締めている。そして「冤罪は
晴らされたが、裁きに弄ばれた人生…」という
コメントがズシリと効いている。

3年後に始まる裁判員制度の扱い方は疑問。
模擬裁判の映像まで使ってシーン化する
必要があったのか…。

椎名桔平の抑えたナレーションは聞きやすかった

Posted by: 岩井彰彦 | May 27, 2006 at 11:24 PM

NONFIX「迷宮ゴールデン街~新人ディレクター
漂流記~」フジテレビジョン 4月27日 深夜放送
を見た。

この番組は2004年10月に江戸界隈で放送されたもの。
もう1年半も前の番組だが、内容的には「今」性が
それほど強くはないので気にならない。

ストーリーはと言うと、入社したばかりの女性ディ
レクターがゴールデン街を舞台にドキュメンタリーを
作るというもの。

---歩いていたらG街に迷い込んだ
---この空間には魅力があった
---番組を作りたいと上司にお願いした
---トコトン喰いこんで描く、を条件に許可が下りた
---1週間だけのG街取材が始まった

と、今どきありえない様なイントロで番組は始まる。

そして、ある1件の店に夜ごと入れ替わり立ち代り
訪れる客にカメラを向ける。作家、映画監督、俳優…。

店のママがなかなかイイ。あけっぴろげで、裏表が
ない。この店を支える魅力でもある。

懐かしさで微笑ましい番組だった。G街が懐かしい
とかではなく、この番組のテイストそのものがだ。

なんとなくレトロな町並み
立ち並ぶ居酒屋
生き字引のような住人
毎夜、どこかで何かが起こる期待感
笑い声の絶えない店

と、お膳立てはOK。

と来れば、

---迷路に迷い込んだ目線の移動ショット
---店の中は定点観測風カメラ
---ただひたすら客の声を拾うマイク
---店主の采配を見つめるレンズ

ワケありな過去を持つ客
この国を憂う客
G街に馴染まない若者客

が、オカズとなる。

1960、70年代の匂いがプンプンした番組だ。

そんな番組は、私が会社に入った80年代から
90年代にかけて大流行だった。取材カメラが
フィルムからVTRに切り替わった時期でも
あり、回しっぱなしでジトーっと記録する
ことが可能になったからだろうか。

酒場、酔客、ギター、タバコ、ママ、落書き、
電ブラ…。

若い女性ディレクターがG街に興味を持った…
という設定がいかにも胡散臭くはある。だが、
こんなにストレートな舞台と食材をそのまま、
なんの加工もせずに客に出したような番組には
しばらくお目にかかっていない。デジカムだけ
で作ったプロダクション丸投げ番組でも、ここ
まで色気のない作りというのは珍しい。

で、実はこんな素直な目線の番組が好きだった。
普段なんでもないと思って通り過ぎてしまう
日常でも、ジトーっと見ていると何か出てくる…
っていう番組。結局、ガラガラとテープを回し
ただけで、何も出てこなかったなんてことは
当たり前。でも、目の前にいくつでもネタは
転がっている、と信じて疑わなかったあの頃。

今でもそれを信じている。

Posted by: 岩井彰彦 | April 28, 2006 at 06:53 PM

『あの空まで~親父バンド キューバへ~』
メ~テレ 4月26日深夜放送 を見た。

ストーリーや構成がいいとか悪いとかの問題以前に、
画がよろしくないなぁ・・・撮影条件が悪いっていうことを
差っぴいても緊張感が伝わってこなかったのが残念。

たぶんドキドキしながらステージに上がったはずだろう
けど、あっさりしちゃって見えたのは何故?

Posted by: 岩井彰彦 | April 28, 2006 at 12:02 AM

3月26日にTXで放送された「ドキュメンタリーは嘘をつく」
を見た。TVAではネットしていなかったので同録テープを
お願いして見ることができた。

この番組は「A」「A2」といったドキュメンタリーを手がけた
森 達也氏の監修?によるTXのメディアリテラシーシリーズの
一本である。

タイトルの通りドキュメンタリーに嘘はあるのか?真実はあるのか?
を実証的に解き明かそうという構成で、ドキュメンタリー監督、
ディレクター、映画製作に携わる学生などに女性記者が
インタビューをしたり、自ら現場へ行って事実に触れてみる
といった手法だ。さらにそれをもう一台のカメラが追いかけている。
いわゆるメイキング風でもある。

番組は取材カメラの存在自体が既にドキュメンタリーではなくて、
事実を取材し、編集したその瞬間に全てがノンフィクション
からフィクションになってしまう、というところから始まる。
そして不偏不党、中立、公正、公平という言葉に敏感に反応し、
全てが虚構、幻影であると言い切りそうな勢いで進んでいく。
そういったインタビュー、森氏の語り、スタッフ同士の打合せなど、
ドキュメンタリー制作の裏側を隠すことなく見せることによって
どこまでが事実で、どこまでが演出なのかをわかりやすく伝えて
いる。番組の最後は取材記者の女性がドキュメンタリー番組を
どうとらえ、今何を感じているのかを語りが全体を締めくくる。
 そして最後は、取材記者の女性、行方不明だった父親を探して
いる学生、その父親本人、番組ディレクターの妻など名のある
業界関係者以外は全て劇団なりタレントによる演技だったと
暴露して終了となる。

「ほうら、騙された?こうやってウソをつこうと思えば、簡単に
でっち上げ番組なんかできちゃうんだよ!」

と監修・森 達也氏の声が聞こえてきそうだ。


しかし本当にに森氏はこの番組で視聴者を最後まで騙し通せたと
思っているのだろうか?だいたい番組中に被写体として登場する
森氏のシャベリや行動が余りにも稚拙で、エンディングを待たずに
番組の仕掛けがバレバレである。同じく、取材中に起こる数々の
ハプニングもわざとらしい。原 一男監督のインタビュー
(これは本物)が興味深いだけに、安っぽい仕掛けに笑いが
込み上げてしまった。

つまりは、こうだ。

安い制作費で番組を作らされているプロダクションが、不偏不党
だとか公平・公正だとか言ってメディアにふんぞり返っている
大テレビ局様の傲慢さがどうしても気に喰わず、「偉そうにしてても
マスを相手にしているテレビは、自由な発言なんか出来ない
じゃないか!」と嫉妬と憧れが醜く噴出しただけに過ぎないと
思えて仕方がない、と結論付けさせてもらうがいかがであろう…。

Posted by: 岩井彰彦 | April 03, 2006 at 07:07 PM

『山小屋カレー 2006春編』
3月26日 25:20~ を観た。

CBCのやろうとしていることがわからなかった。

大園アナウンサーのための完全リメイクなんですかね?
こういう番組ってやっぱりマズイんじゃないのかな?

がっかり×2です。

事前の告知では[2006 春編]となっていたと
思いますが、本編中には「いつ」を示す情報が
なく、2006年春を感じることが出来ませんでした。

最終シーンが今年の「春」なのでしょうか?
少なくとも今春にカメラを回したであろうことを
期待しています。

ま、つまりはアナウンサー大園康志スペシャル
であって、番組は2年も前のものを再編集した
としか思えない出来。看板に偽りありです。
こんな番組作りをしちゃっていいんですかね。
なんだか社内の事情がわけありっぽくて、
せっかくのいい番組(前作)に泥を塗って
しまいましたね。

眠いのにリアルタイムで観て大損しました。
番組の読み込み方が間違っていたら申しわけ
ないけど、久しぶりに怒れた!!。

Posted by: 岩井彰彦 | March 27, 2006 at 02:53 AM

『木村伊兵衛の13万コマ』観ました。
お乳を子に含ませる『母子』という写真には、何故か感動をしました。
番組としては、長過ぎです。
「昭和の記憶」というのに結びつけるために、評論家の川本三郎さんを後付でブッキングしたみたいに見えました。アラーキーの勢いと情感に、書き原稿で支えきれるんじゃないかと思いました。アラーキーの言葉は、力とムードがあって素敵だなぁ。最後の「懐かしいと思えないようなものを撮っては駄目なんだ…。人間やってきたかってことだなっ」というコメントが、ジンワリきたねぇ。

Posted by: ドキュ好き | March 24, 2006 at 05:52 PM

『木村伊兵衛の13万コマ』ETV特集

カメラマンモノっていう分類があるとすると
これはその分野では久々の秀作でした。万人受け
なんて到底望めない番組、と言うよりスチール
をやったことのない人だと50%も面白くない
んじゃないでしょうか?

それにしても「コンタクト」をつぶさに検証して
カメラマンの心の動きを探るなんて企画、面白い
ですよね。それを解き明かす側にアラーキを
持ってくるっていうのもまたマニアック。荒木
さんは今でこそエロっぽいカメラマンとして
見られがちですが、実はそれ以前はコンテンポ
ラリーなカメラマンでね、現代カメラマンの
系譜なんて位置づけはよく知らないけど、同じ
匂いのするカメラマンですね。だからチョッピリ
番組中ではライバル心が見え隠れして面白い。

Posted by: 岩井彰彦 | March 21, 2006 at 10:56 AM

メーテレの番組、観ました。爆竹の音、花火から中国の開放改革政策云々と始まった時点で、こりゃイカンと直感してしまった。視点が浅く、視野が狭いっていうのが、番組を通底していた…。入り口は、名古屋平和公園の開かずの扉。その中に「千手観音」がある…。これから入る番組で新規に制作されることを期待したい。

Posted by: ドキュ好き | March 21, 2006 at 06:59 AM

『重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~』
3月19日12:00~ を観た。

<ストーリー>
殺人事件の容疑者として逮捕、一審無罪、二審死刑という
犯罪史上まれにみる審判が下された「名張毒ぶどう酒事件」
1961年3月の事件発生から40余年、収監されている
奥西 勝死刑囚も齢80を数える。そんな事件に対して
05年4月、再審が決定が下された。現在、検察による
再審決定の棄却請求が提出され審議中。未だ再審は
開かれていない。

日本の裁判制度、村社会、冤罪が生まれた社会の背景に
見え隠れする人間の「業」を垣間見る作品。

と、勝手に期待、解釈していたわけですが、少々物足りなく、
もう一歩といったところ。だいたい「国家権力」なんて
コメントはそうそう使えるものじゃなく、「国家権力」を問うには
それ相応の迫力と覚悟がなければただのお題目になって
しまいます。長編初作のディレクター君は多分、
目一杯肩に力が入っていたんじゃないかしら?

番組の感想は色々ありますが、ドキュメンタリーとして
伝えなければならないことや、自分が何を伝えようとして
いるのかが希薄でした。限られた条件の中での取材で
制限も多く、あれ以上のモノはできなかったとは思いますが・・・。

少々マニアックな感想を一つ。

ラスト近く、鈴木泉弁護士が再審決定を報告するシーン。
「本件について再審を」で一旦、鈴木弁護士の映像を切り、
これまでの長い年月を振り返るようなカットバックで
数カットを重ねた後、再び鈴木弁護士に戻ります。そして、
「開始する」に続きます。良くある編集方法です。でも
ここの音、「開始する」の「か」の音が弱いんですよね。
個人的にはもう一度「再審」から音をつないで「再審を開始する」と
した方が良かったと思います。誰がどう聞いても「開始」を
聞き間違えるはずもなく、「開始する」でつないだ方が
シャープだ、という意見もあるでしょうが、ここは私は
「開始」の「か」の音がもう一つ弱いからという理由だけでなく、
「再審」という語と「開始」という語を切り離すことなく、
「再審を開始」とダメ押しで表現することの方が強いと
判断します。ま、これは好みかも知れませんが・・・。

Posted by: 岩井彰彦 | March 20, 2006 at 06:11 PM

「カメラおばぁちゃんは健在!~ダムに沈むふるさとの記憶~」
3月13日28:20~ メ~テレ制作、を観た。

増山たづ子さんの追悼再放送で、訃報から6日目という
番組編成の対応に敬意を表します。

最後のダム見学会で、力を振り絞ってカメラを構える
増山さんの姿が印象的です。

オーソドックスな作りと語りですが、素材の力が番組を
支える典型的な作品だと思います。

                    合掌

Posted by: 岩井彰彦 | March 20, 2006 at 02:33 PM

『二つの観音像』メ~テレ 3月18日06:00~を観た。
<ストーリー>
日中戦争で南京を占領した日本軍が、火がついた
反日感情を抑えるために十一面観音像を中国に贈った。
そのお返しとして中国からも千手観音が贈られた。
南京の観音像は文化大革命で破壊されてしまったが、
日本の千手観音は名古屋・平和公園に安置されて
いる。深い歴史の傷を癒す両国の架け橋=二つの
観音像。というストーリー。

30分枠なので事実の紹介だけで一杯一杯なのは仕方ないか。

とは言っても、安易に「宣撫工作は見事果たされた」と
言って欲しくなかったですね。どことなく達成感を称えて
いるような語感があり、違和感を覚えました。

また、和四五郎さんの下りが、構成上の必然を感じさせ
ないまま番組の後半へ進んでしまうので中途半端さが
余計に浮き彫りになってしましました。

最後に一つ、南京虐殺の生き残りという男のインタビューで、
男の口からは「日本」を意味する中国語が6回
発せられて
いると思いますが、番組では「日本」が一度も文字として
スーパーされていないわけです。文脈上、日本が主語で
あることは明白であり、わざわざ「日本」を文字化する
必要がなかったと判断したのでしょうが、短いインタビューの
なかに6回も「日本が・・・」と言いたくなる男の心情を察して
いれば、決して省略しなかったと思うのですが・・・。

どちらにしてもこのテーマは30分枠では無理無理ですから、
和四五郎さんの下りを省略するなり、したほうが良かった
というところでしょうか・・・。
メ~テレドキュメントで55分にリメイクと思いますから
その時にまた。

Posted by: 岩井彰彦 | March 20, 2006 at 02:19 PM

ドキュ好きさんのコメントを見て、「きっと良くなる かならず良くなる」って見たかったな・・・と思った。それって誰に発しての番組よ?って思ったから。癌患者に対して?これから可能性として罹ることのあるたくさんの人に対して?・・・・制作してる人に癌患者抱えたことある人が一人でもいるなら、まだすくいようがあるかな。癌患者がいるとね、この題にはうなずけない!この表題だけで拒否るね。
それより末期の壮絶さを伝えてホスピスの数を増やして欲しいよ・・。最新医療の未認可の治療対価や薬の高額さとか・・。それにしても、どんな内容の番組だったのかなあ・・。気になるなあ。

Posted by: いち | March 13, 2006 at 07:46 PM

「メーテレドキュメント」『きっと良くなる かならず良くなる』というのを観た。ガン患者のみなさんの悩みや、闘う姿、そして患者同士の連帯…などを描いていた。
 この局の番組を観て、いつも思うことと今回も、一緒だった。制作者は、何を感じ、何を悩み、何を伝えたいのか…。いつも漫然として、焦点が結ばれない…。不思議な不満足感。いさも、これが均一に不満足なのだ。制作スタッフに、きっと良い人ばかりが集まっているんだろうな…。ぎしぎし取材対象と軋んだり、スタッフの中で葛藤したり、そんなことが感じられないからだろうか。「表現」とは何か、「同時代性メッセージ」とは何か、いい人たちには、絞りだせないのかもしれない。そんなことを考えてしまう。この局の作品に、この不思議と均一な不満足感を感じるのは、ボクだけだろうか。

Posted by: ドキュ好き | March 13, 2006 at 02:54 PM

今日(3/2)、首相が総務相にNHKのチャンネル削減も含めた事業縮小の検討を指示したとのニュース・・。テレビってどうなっていくんでしょうね。
ドキュメンタリーって切り口の形が色々。「切りセンス」が光る作品見たいですね。

Posted by: いち | March 02, 2006 at 10:20 PM

06年2月25日放送「荒川静香 金メダルへの道」

プッチーニのトゥーランドットの物悲しい旋律には
始めっから抵抗するつもりもなく、ダラダラと落涙
しつつテレビにかじりついて観てしまった女子フィ
ギュア決勝。そのわずか36時間後に放送されたNHK
ならではのNスペ。

番組最後に登場する、試合後の本人インタビューは
印象的。その穏やかな表情は、激戦を制したトップ
アスリートだけに許されるものなのかも。

スピンをレベル4にするための4つ目の技が「エッジの
切り替え」なのだが、それを捨ててバックエントリーを
採用しレベル4を狙ったにもかかわらず、カメラは相変
わらず氷上のエッジを追いかけているのは少々チグハグ。

ハイビジョンカメラのピントのシビアさが不利に出た
のは残念。荒川静香の苦労物語に終始せず、新しい採点
方法でどう闘っていくかを描き、わずかながらフィギュア
スケートを「科学」した点はなかなか興味深い番組に
なっている。

Posted by: 岩井彰彦 | February 27, 2006 at 05:31 PM

06年2月19日深夜放送の「坂 決勝9連敗中の名門校」。
登場人物のプロフィールを丁寧に紹介することで、視聴
側の感情が自然に取り込まれて行くお手本のような
構成。ただ、制作者がこだわった「坂」が余りにも
ドアのノブ…取って付けた様な…これはいただけない。
同局が制作した「手」のように見事にシンボライズされた
タイトルならいざ知らず、「坂」では、制作者の一人
よがりと言われてもやむを得まい。

花園ラグビー場の入場スロープシーンに当てあられて
いるナレーターの技量、トーン、コメント、余りにも
安いのは敏腕Fプロデューサーの錯覚か…。

Posted by: 岩井彰彦 | February 27, 2006 at 02:39 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/63155/8859433

Listed below are links to weblogs that reference なぜかドキュメンタリーの季節:

Main | 放送日のお知らせ »